本の評・紹介ページ


0027 本の紹介   by 竹柴俊徳

『環境問題を考える』
浄土真宗教学研究所環境問題特設部会編
本願寺出版社
2000.10.16

 この本を手にしたのは、今年の夏の異常な暑さに加え、8月1日付けの新聞で「母子手帳から、日光浴削除」というニュースに、太陽の光が安心して浴びられない時代になったというショックを受けていたころである。
 私は日頃から、環境に対する提言を仏教的視点でもっとすべきである。と考えてはいたのであるが、専門書を読破するにはあまりに浅学なゆえに、こういった本を心待ちにしていたのである。
 しかし、本書を読んで、そんな悠長なことは言ってられないのが現状であるということを思い知らされた。地球は、思っている以上に深刻である。
 例えば地球上の生物種の絶滅はおよそ1000年に1種の割合で起こっていたものが、17世紀から19世紀の間には、4年に1種の割合で生物種が絶滅しており、1900年にはついに1年に1種の割合まで加速し、1975年には1年におよそ1000種もの植物を含む生物種が絶滅し、1980年代以降には1年におよそ4万種類以上という数に達しているという。
 この本にも、取り上げられているが、「オゾン層の破壊」「地球の温暖化」「酸性雨」「熱帯雨林の減少」「砂漠化」「環境ホルモン」といったものの端緒は18世紀後半の産業革命以降といえる。
 これは「地球の歴史を一年の日付で考えると、ホモサピエンスの出現は歳もおしせまった12月31日の午後11時55分にあたることにな」り「その中で18世紀後半から現在までの時間は、最後の百分の3秒にあた」り、ほんのまばたきするほどの時間に過ぎないと本書で述べられている。
 考えてみれば、この数字だけでも驚くべきことである。
 我々人類は人間が中心であるという世界観によって、地球を荒らしまわったのである。そして、今や地球の悲鳴は断末魔に近い状態である。
 本書は、あらゆる角度から環境に対する取り組みについて示唆している。とりわけ、「なぜ、環境を守るのか」という疑問に対する提言までも用意している。客観的データだけでは、人は本当に納得していない。最終的には心の問題である。「絶滅種が増えてもいいではないか」「今ある生活よりも確実に不便な生活をなぜする必要があるのか」という疑問に人は戻りかねないからである。本書は、環境問題に対して、仏教的世界観、生命観が一筋の光明となりうるということを示唆してくれているのである。







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